たれ大増殖                  ◆加山いり様



「こら待てぇー!!!」
「あーん、蛮ちゃんごめんなさい、ごめんなさいー」
 銀次が三分クッキングでフロッピーをゲルにしてしまった後。
 蛮は当然のことながら、銀次をぼこり出したのだが、たれぱんだ状態で、
びくびく放電している銀次に水をかけたのはまずかった。
「銀次? テメエはなあ! あ、ああっ?!」

「銀次が増えた」
 蛮は真剣な表情で、銀次を見せた。
 たれぱんだ状態のまま、銀次が2匹、小首をかしげている。
 士度と花月は顔を見合わせ、その後でじゃんけんをおもむろにし出した。
「勝った!」
 嬉しげに花月が銀次を抱き上げる。
「おい、ちょっと待て。お前なにしてる?」
「一人預かって下さいということなのでしょう?」
「んなわけあるか!! 都合のいい解釈してんじゃねえ! 
つまりな。こういう時の対策とか知らねぇのか?」
「知りませんよ。そんなこと。とりあえず、銀次さんを一人預かりますから」
「預かりますからじゃなくてだな、元に戻す方法はねえのか? こいつリアル
モードに戻らねーんだが。おい、銀次。お前もぼーっと連れてかれようとしてんじゃねーっ!!」
「だって「だって二人いると混乱するし」するし」
 微妙にずれた喋りで、銀次たちは喋った。
ほらね、と花月は得意そうに言って、「十兵衛にも見せようっ」と去っていった。
基本的に自己中な青年だった。
 蛮は残された銀次を抱いてため息をついた。頭がくらくらしていた。
隣では、じゃんけんに負けた士度がため息をついた。

 たれぱんだ・・・もとい、たれ銀次は翌日には、四匹に増えていた。
つまり、花月が持ち帰っていた銀次が2匹に分裂し、
蛮が「お前、どうなっちゃったんだ?」と心配していた銀次が2匹に分裂したのだ。合計4匹。
「銀次(さん)がーーーっ!!!!」
 自然と「HONKEYTONK」に集まった花月と蛮は顔を見合わせて絶叫したが、
その後処理は簡単だった。士度が蛮の片手から、一人のたれ銀次を奪い、
花月の片手からはマクベスがたれ銀次を奪ったからだ。
「じゃあ、オレが預かる」
「じゃあ、ボクがいただきます」
「あ、問題解決ですね」
「だから、そうじゃねえだろーっ!!!」
 蛮は絶叫していたが、他の人間たちは、満足しているようだった。

 そして、三日後。銀次は30匹になっていた。
 関係者の誰もが銀次を1匹ずつ保有するようになっていた。
「でも、わたしもこれは可愛いし、お気に入りよ?」
 卑弥呼が肩に銀次を乗せて、言う。ペット感覚なのだろう。
「何が問題なのよ? あんた、カラダ、臭いわよ蛮」
「昨日も寝てねえんだよ!! 何が問題ってなああ、銀次一人当たりの
脳みその容量が減ってんだよ! こいつら、すげえバカだぞ!」
「元々そうじゃない。いいじゃない、これで」
「良かねぇ!」
 しかし、蛮以外の人間はこれでいいや、と思っているようだった。
これからさらに銀次が増えたらどうするんだ、と蛮が言っても、マクベスは涼しい顔で言った。
「大丈夫です、無限城にはたくさん人がいますし。
全員に銀次さんが行き渡るようになれば、ユートピアができあがるかもしれません、ね、銀次さん」
 それは、どういうユートピアなんだ、と蛮はつっこんだが。
「銀次さんがいるということが、ユートピアですよね、銀次さん」
「オレに向かって喋れ、お前」
 蛮は、ダメだ、と思った。誰とも話が通じない。
 オレは、ずっと銀次といたからな。そして、あいつらには銀次がいなかった。
だから、ちょっとバカでも側にいてくれるなら、これから、教育すりゃいいや、とか。
あるいは、ペット感覚なんだ。孤立無援ってことか。

 さらに一週間。銀次は数えるのも大変なくらいに増えていた。
 しかし、全員、だれも文句を言わなかった。というか、銀次を手に入れたものたちは、
全員幸せそうだった。たれ銀次効果らしい。
「次の銀次さんも、もう予約がいっぱいなんだよ。そうですよね、銀次さん」
と、これはマクベスの言った言葉だが。
「はぁあぁー。銀次。オレが悪かったかもしんねえから。元に戻れよ、ボケェー」
 あれから、何度か水をかけて放電させてみたりしたのだが、元には戻らない。
「うきゅ?」
 たれ銀次は助手席であんぱんを食べている。
口のまわりにアンをつけて、小首をかしげるばかりである。もう、まともな会話もできないのだった。
「銀次っ!」
 ぎゅ、と蛮が銀次を抱きしめると、愛の奇跡が起こった・・・わけではなく。
 銀次があんぱんを喉につかえさせた。
その拍子に、放電がおき、蛮が持っていたコーラの瓶から、
水滴が銀次の背中に落ち、放電がひどくなり・・・何かが作用を呼んだのだろう。
 蛮の腕の中の銀次がむくむくと大きくなった。
「あれ、蛮ちゃん?」
「銀次ぃぃぃぃ!!!」
 銀次の記憶の中では、さっきまで自分を殴りかけていたはずの蛮が、
切なげな顔で自分を抱きしめてくるのが不思議だった。でも、まあいいや。蛮ちゃん大好きー。

 ハッピーエンドではなかった。
 なぜなら、銀次が元に戻った拍子に他の銀次は全部、
元の銀次に吸収されたらしく、消えてしまったからである。
 HONKEYTONKで、蛮は自分がペット屋で、売ったペットをとりあげたわけでもないのに、
実際のところ、そのような非難にさらされていた。
「どうして、元に戻したりするのようー、かわいがってたのにぃ、名前だってつけたのにぃ」
 ヘヴンがシクシク泣いている。
「ンなこといったってしゃあねえだろ。あれは銀次なんだから」
 蛮は懸命に言うが、ヘヴンにしてみれば、可愛がり始めたペットのウサギを
とりあげられたような感じなのだった。
 それは卑弥呼も同じらしく、さっきから無言のまま、ぶすっとした傷ついた視線で、蛮を批判している。
「ひどいです、蛮さん」
 えぐえぐと夏実も泣いている。
「いや、だからな」
「絶対理不尽です〜」
「オレも可愛がってたんだけどな、けっこう」
 ため息をつく波児もあてにはならなかった。
 それでも、まだ、これは可愛いほうなのだった。
これから、親衛隊はじめ、男性陣が怒り狂った眼差しで、現れることになっているから。


【完】