は、それじゃない。          ◆加山りく様

 笑師と十兵衛。最近では、ギャグの研究に余念がないため、一緒にいる時間が多い。
とはいっても、笑師のギャグセンスも知れたものなので、
あまり勉強になっているとはいいがたいのだが。
 そんな二人は、スキップしているレンとすれちがいかけた。
 笑師が声をかける。
「お、何、はしゃいでどうしたん?」
「包帯男にゃ、関係ねえことだろっ!」
 レンはつん、として言った。
 だが、実際には教えたくてたまらなかったらしく、にい、と微笑み、両頬に手を当てる。
「オレ、花月さんとデートなんだっ!」
「うっそーん、そないなことあるわけないやん。あ、わかった、マクベスのバーチャルや!」
 レンの拳が、笑師を壁際までふっとばした。
 隣で十兵衛がため息をつく。彼は思う。オレもあるわけはないと思うが言わないぞ、
笑師ほどバカでも無神経でもないからな。
 だが、オレの愛すべき主、花月は、雷帝以外の人間にあまり、特別な関心を抱いたことがない。
「本当だっての! ゲンじいは反対してるけど・・・さ」
「そうなのか?」
「うん、オレに良くない影響を与えるって、さ。オレが外に出たがるってことかもしれないけど・・・
でも花月さんは、オレにとって、大切な人なんだ!」
 ここまで言い張るからには、よっぽど精巧なバーチャルリアリティを
与えられているとしか十兵衛には思えない。
「デートといっても・・・どんなことをしているんだ?」
「花月さんの糸でさ、ここからでも雷帝のお声を聞けるんだぜ? すごいだろ?」
「と、盗聴やん、それ、ストーカーやん・・・げふっ!」
 笑師、今度は十兵衛に吹っ飛ばされた。
「悪いが、花月の悪口を言うことはオレが許さない」
 たとえ、それが正しくても、と十兵衛は内心、呟く。
 この娘、本当に花月とデートをしているのかもしれない。
花月がまっとうになっていくのは、よいことだ。
「あ、花月さーんっ!!」
「やあ、レン。・・・十兵衛? に笑師?」
 言っているうちに、現れた花月は十兵衛と笑師が側にいるのをみて、ばつの悪そうな顔になる。
「いや、その、この間のお礼に来たんだ、レンにはお世話になったし、じゃあ、行こうかレン」
「うん、じゃあね!」
 自慢げに腕を組んで、レンは去っていく。
「信じられへんなあ、なんつうか、話聞く限り、雷帝ラブラブストーカー男やと思うてたのに・・・」
「また、ふっとばすぞ、笑師」
 といいつつも、十兵衛も信じられない思いでいっぱいだった。


 しかし、さらに信じがたい噂が流れるようになっていた。
 いわく、無限城に雷帝が帰ってきているらしい。
 時々、糸の花月と歩いている姿を見かける。いわく、糸の花月とできているようだ。
「そんなわけないと思うけど、調べて。もしそうだったら、花月を殺してほしいんだ」
 きっぱりとマクベスは言った。偽装なしの冷酷さが感じられる妥協なしの物言いである。
 マクベスにとって、銀次はいつまでも特別の存在であり、
本当は美堂蛮のものであってはいけないが、
元親衛隊の誰かが抜け駆けするなどとはもっと許せないのだ。
「そんなわけはないと思うが調べてみよう」
 とはいうものの、先日も花月とレンのデートという信じられないものを見たばかりである。
「もし、そうであれば、花月は幸せなのだろうな。
だが、もしそうであれば、オレは花月を殺さなければならないとはな」
 十兵衛はしくしく痛む胃を抱えながら「なんでワイまでー」とぶつぶつ言う笑師をひっぱって、
花月を探しに出かけた。


「その話なら、オレも聞いた」
 士度は憮然とした表情で答える。
「が、なわけねえだろ。銀次は誰のものでもねえ。
しいていうなら、蛇ヤロウとまあ、相棒ってだけの関係だ」
「それならいいんだが。もしもの場合は、オレは花月を殺すよう命令を受けている・・・」
「士度クン、な、ワイいやなんやでー。殺人なんか、もうようやらんわー」
 笑師が士度に懐いている。十兵衛はひきはがすのが大変だった。
「いや」
 たいして同情もしていないふうに士度は肩をすくめた。
「銀次に手を出したら、仕方ないだろうな」
 十兵衛は何となく、VOLTS暗黙の掟を見た気がした。


「え、オレ、最近カヅちゃんに会ってないけど?」
「ああ、オレも見てねえなー」
「それならいいのだが」
 十兵衛は心底ほっとした。最初から、彼らGBに会うべきだった。
 しかし、それなら、一体、本当に何故?
「デマやん、デマやん? ワイは最初からそう思ってたでー?」
「お前は気楽でいいな・・・」
 十兵衛、ためいきをつく。しかし、彼もいまやデマかも、と思い始めていた。
「ほな、帰ろ」

 が。話はそれだけでは終わらなかったのだった。
「あれ、見てみ、な、見てみ!」
「う!」
 花月と銀次が腕を組んで歩いていた。ふ、と花月が銀次の額にキスをする。
銀次が照れくさそうに笑う。
 おまけに、近くにはマクベス設置のビデオがあるから、マクベスからもこれは見えているだろう。
「十兵衛? 殺せ、と言ったよね?」
 マクベスの冷徹な声が耳に届いた。
「確かにそれは聞いたが・・・」
 銀次が振り向いた。そして、決定的な言葉を吐いた。
「あれ、包帯男! なんだよ、邪魔しにきたのかよ!」
「へ、もしかして、レンちゃんやん?」
「そーだよ。これはー、コス」
 コス以上のものではなかろうか。
 服装はなんとなるとしても、その顔は?
 話を聞けば、花月の糸の力だった。そういえば、そんな使い方もあったかと十兵衛も思い出す。
 思い出したところで、しょうもなさが減るものではないのだが。
「・・・ワイな。交際反対するゲンじいさんの気持ち、ものすごいようわかるわ・・・」
「花月。すまない。オレにも今のお前をフォローする言葉が見つからない・・・」
「なんだよ、それっ!」
 銀次の顔のまま、レンがふくれる。
「失礼だよね、レン」
 花月の態度は普段のレンに対するものの、数百倍は優しかった。うっとりと、レンの顔を眺めている。
「なるほど、こんな使い方が!! これを用いれば、銀次さんと同じくらいの
体格の少年を全て銀次さんのようにすることも」
 イヤホンからは感心したようなマクベスの声が入り、
十兵衛の胃の痛みは、どんどん増していくのだった。


【完】